大河ドラマ『天地人』から学ぶ自分で考える力の鍛え方

 

ネットで調べれば大体のことがわかる。

仕事に限らずあらゆるものにマニュアルが用意されている。

このようなことから、最近、いろいろな組織の中で、「自分で考える」力のない人が増加していることが問題になっているようです。

実際に受験勉強のように、何かを詰め込んだり記憶したりすることにはあまり苦手意識はない。

しかし、自分から何かを発想したり、それを形にしたりするが苦手という人は多いのではないでしょうか?

考える力が延びない理由


考える力が延びない理由の一つは誰かに依存してしまっているということです。

大河ドラマ『天地人』では、上杉謙信(阿部寛)の二人の養子が謙信死後、上杉家を継ぐべく骨肉の争いに発展してしまいます。

物語では謙信の意思を継ぐのは二人の養子、つまり上杉景勝(北村一輝)でも、上杉景虎(玉山鉄二)でもなく直江兼続(妻夫木聡)であると謙信が伝えます。

その理由が考える力なのです。

 

大河ドラマ『天地人』とは


この先、ネタバレを含みます。

主人公は上杉家の家臣として上杉景勝を生涯支え続け、米沢市街地の礎を築いた直江兼続です。

天下人の豊臣秀吉から直接の家臣に誘われながらも、謙信亡き後の主君上杉景勝を支え、上杉家のナンバーツーを選択します。

その後、秀吉からは上杉家の家臣として、破格の米沢30万石の待遇を与えられることになります。

秀吉死後、兼続が徳川家康に対して真っ向から反論した「直江状」は家康を激怒させ、これが後に関ヶ原の戦いへとつながるなど波乱の生涯を描いた2009年の大河ドラマです。

 

『天地人』における考える力


直江兼続が戦国の世で、「愛」の兜を掲げ、一途に民と故郷を愛し、義を貫いた姿は異彩を放ちますが、そのルーツは師と仰ぐ謙信にありました。

景勝と景虎の考える力


しかし、その謙信の絶大な影響力が考える力を奪っていたのも事実です。

後継者であり、謙信の養子である景勝景虎も謙信の言葉を信じ迷いはありませんでした。

そして、謙信の死後、上杉家の行く末を先々まで考えることができなかった二人は上杉家を二分させることになるのです。

兼続の考える力


景勝も景虎も謙信を信じるあまり、自分で考えを出していませんでしたが、兼続は違いました。

兼続は謙信の言葉を受けても、自分で考え悩んでいます。

そういう兼続の姿を見て、謙信は「そなたは迷うことだらけ、それでよい」と言います。

若き頃の自分の姿を見ているようだと続けます。

謙信の言う『義』ばかりを見習うのではなく、兼続自信の『義』を見つけよ

迷いに迷って、真の自分の『義』を見つけ出すようにせよ、という謙信が兼続の考える力を認めた言葉でした。

そして、謙信は兼続にこう言います。

「そなたこそが、我が意志を真に受け継ぐ者だと思っている」

謙信が考える力で作り上げた上杉家を今度は兼続の考える力で支えてほしいという謙信からのメッセージです。

考える力を伸ばす方法


では、どのようにして考える力を伸ばすのでしょうか?

自分で考える力を伸ばす方法2つあります

なぜを考える


一つ目は日ごろから何気ない物事のなぜを考える習慣をつくることです。

いつもいつも疑問を持ち続けているのです。

なんでうまくいかないんだろう
この物事の本質は何だろう
成功確率を上げるためにできることは何だろう
同じ過ちを繰り返さないために何ができるだろう
大事な人たちのために自分がすべきことは何だろう

これが、自分の頭で考える力を鍛え、自分のアウトプットの質を高める最短ルートです。

 

なぜで終わらせない


二つ目はなぜで終わらせることをせずに、過去の議論を見直し、整理し、知見がある人に聞き、いったいどこがポイントなのか明確に理解します。

「○○だと考えられるが、それはあっているだろうか?」というYes / Noで答えられるクローズドクエスチョンにするのです。

一般的には考える力を鍛えるためにはオープンクエスチョンと考えられると思いますが、まずは自問自答して自分の中で答えを導き出しましょう。

そして、可能であればそれを会社の同僚や友人にぶつけ、議論するとさらに考えが深まり、適切な解を導き出す力を鍛えることができます。

こうやってわからないながらも毎回「こういうことかな?」「理想的な状態はこれかな?」というように考えることで、自然と「将来を予測する」「理想的な状態を想像する」などのクセがついていきます。

考える力を高めるためには、ただ考えるだけでなく、考えるための工夫が必要です。

例えば、思考を紙に書くなどして視覚的に捉えれば自分の考えを客観的に捉える事が出来ます。

また、疑問を解決することは考えることと直結していますので、疑問をそのままにしないことも大切なことです。

そして、自分だけで何かを考えるので終わらせずに、誰かと意見交換をし、他人の考えに触れることによって、そこから新たな考え方を学ぶことも出来るのです。

最後に


兼続の主君景勝は、秀吉からの上洛の求めに対して、
「新しい世に、上杉の義がどこまで通用するかわからぬが、わしにはこの生き方しかできぬ」
と上洛を決めます。

そして、これまで上杉家の旗印であった「毘」「龍」に加え、「義」の旗印が加えられます。

「義」を旗印につけることによって、景勝が謙信公の生き方に固執することなく、あくまで自分流の生き方を行くという、そういう決意の表れ、つまり、景勝の考える力が開花した瞬間でもあったのです。

そして、この時、兼続も自分の一字として「」を掲げることとしたのです。

 

 

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