大河ドラマ『八重の桜』から学ぶ 学び方を学ぶ方法

社会人になって、何か勉強したいけど勉強の仕方がわからないということはないでしょうか?

実は私たちはみんな、どう学んでいいのかという方法をまったくと言っていいほど学んでいないのです。

私たちは受験などで志望校に向けて勉強します。

つまり、どこで学ぶかにこだわっていますが、何を学ぶかということが二の次になってしまっています。

「大事なのは、どこで学ぶかではない。何を学ぶかです」

大河ドラマ『八重の桜』主人公新島八重の二番目の夫であり、日本初の私学の一校同志社大学の創始者新島襄のセリフです。

そこで、今回は大河ドラマ『八重の桜』を通して学びかたを学ぶ方法を考えてみましょう。

 

大河ドラマ『八重の桜』とは


主人公は会津藩の砲術指南の山本家に生まれた山本八重(綾瀬はるか)

戊辰戦争時には自ら銃を持って戦い、維新後は前述の同志社大学創始者新島襄(にいじまじょう オダギリジョー)と結婚し(八重は川崎尚之助 長谷川博己と離縁したため再婚)、英語を学んでキリスト教の洗礼を受けるなど、男まさりで先進的な言動で知られ、「幕末のジャンヌ・ダルク」「日本のナイチンゲール」「ハンサムウーマン」などと称されます。

戦場に女性が行くなど考えられなかった時代に八重はなぜ幕末のジャンヌ・ダルクから日本のナイチンゲールとまで呼ばれるようになったのか?八重の激動の一生を描いた2013年の大河ドラマです。

 

知識が一番の武器になる時代


会津戦争の敗北で、八重はそれまでの生きがいであった鉄砲を捨てます。

逆賊、時代遅れ・・・。そう世間に罵られる中、八重と会津の仲間たちは新たな生き方を模索するうち、兄覚馬(西島秀俊)の導きにより京都へ、そこで「知識」という新たな生きがいを得ます。

覚馬は八重に「お前ならわかるはずだ・・知恵が、知識が一番の武器になることを、お前ほど身を持って知る女はいねえ。」「学べ。新しい知識を。世界の文明を。これからは、学問が、お前の武器だ!会津が命かけたこの場所で、俺と共に戦ってくれ。」

現在では当たり前となっている女性が学ぶということですが八重が先駆者の一人だったのです。

鉄砲から知識へ。手にする武器は変わり八重の新たな戦いがスタートします。

 

学び方を学ぶ方法


学びを学ぶということは「単に情報を得ただけ」にしないことが重要です。

泳ぎを学ぶには、泳がないと学べません。

机の上に座って、水泳のマニュアルを読んで、ビデオを見て、先生の模擬演技を見ていても、泳げません。水の中に入り、溺れたり、失敗したりして、泳ぎを学びます。

つまり、「学び方を学ぶ」には、「何かを学ぶ時にしか、学べない」ということです。

 

学びかたを学ぶ必要性


目的を達成するためには「新しい何かを学ぶこと」だけでなく、
「学び続けること」が必要です。

どの職業でも仕事の知識、技術は常に変わります。

より高度なものを身につけていくよう要求されまし、技術自体が大きく変われば、新しいことを学ぶことになります。

つまり、年々「学ぶことが増え続ける」状態になり、新しいことを学ぶ要求が増えています。

ここで「学ぶ力」が重要となってきます。
その学ぶ力を伸ばすために学び方を学ぶ必要があるのです。

 

学び方を学ぶために、すべきこと


学び方を学ぶ方法は、何かを学ぶ時に学び方を学ぶ「意識」をする
ことです。

例えば英語の勉強方法で、フランス語やスペイン語は学べません。

何かを学んだ時、その結果だけでなく、学び方を振り返ることつまりフィードバックによって学習をします。

フィードバックをすることで「よく学べた時の学び方」や「あまり学べなかった時の学び方」を振り返ることで、「学び方を学ぶ」ことができます。

 

『八重の桜』から学ぶ学び方


幽閉され視力を失った兄覚馬の目の代わりになるために書くことを学びます。

その後、覚馬に導かれるように英語、教育、看護と学んでいきます。

銃を捨てた八重は代わりに知識を得るために学び続けます。

なぜ、学び続けることができたのでしょうか?

 

周囲の雑音に耳を貸さない


「何かを始めようとすれば、何もしない奴らが、必ず邪魔をする。蹴散らして、前へ進め」佐久間象山(奥田英二)

覚馬に象山が贈る言葉です。

新しいことを学んだり、新しいことを行うことを前例や慣例がないと反対する人がいます。

しかしそれぐらいで諦めたり断念するぐらいでは新しいことはできません。

まずはやってみる


「初めての事には、いつでも反対する人がいんだし。・・・まず、やってみせんべ。道は、私たちが作ればいい。誇りを持って、働いてくなんしょ」(新島八重)

衛生兵たちから心ない言葉をぶつけられて、浮かない表情の従軍看護婦たちに、八重が言った台詞です。

上の佐久間象山の言葉に近いですが、信念のもとまずやってみるということが重要です。

泳がなければ泳げるようにならないのです、話さなければ外国語を話すことはできません。

看護婦たちを指揮したこれらの働きが認められて、八重は後に、皇族以外の女性で初めて勲章を授けられます。

 

学びたいという気持ちを持つ


「今ここで聖書は奪えても、学びたいという気持ちまでは奪えねえ。この子たちは乾いた土のように、何でも吸収します。聖書だけじゃありません。全て学ばせてやりてえのです」(山本八重)

リーダーの授業という形で、禁止された聖書の授業を行っていた八重の夫新島襄。そこに役人と踏み込んで来た知事の槇村(高嶋政宏)に、八重が語った台詞です。

学びたいという気持ちさえあれば、場所がどこであっても教材がなくてもどんどん吸収していきます。

また、周囲も学びたいという気持ちを持った人には、応援したくなるものです。

 

 

最後に


晩年に八重が学んだものは茶道でした。

それまでは主に男性のやるものだった茶道を、女性に拓いたのが八重たちだと言われます。

八重は学び続けることによって、現代では当たり前になっていることの女性の開拓者となったのです。

年齢性別問わずに学び続ける姿勢を大河ドラマ『八重の桜』を通して学んでみませんか?

 

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