『人工呼吸はしなくてもいい』じつはこれ正確ではありません。
人工呼吸を省略してもいいというのは、なんの備えもなく責任もない立場である一般市民が「自分の身の安全を最優先」を考えた場合に、感染リスクなどの問題から人工呼吸実施の優先度が下がるというだけに過ぎません。
しかし、人工呼吸は省略しても救命率に差がないというように曲解されてしまい、救命講習を受けた人たちでも人工呼吸をしなくてもいいという認識の人が多くいます。
なぜ、人工呼吸をしなくてよいと言われるようになったか
他人の口に自分の口を当てて呼気を吹き込むという口対口人工呼吸は、気持ち的に抵抗があるということ、また手技的にも難しいということの2点が心肺蘇生法を実践する上での大きな障壁となっていました。
そのため、一般市民が心肺蘇生の実施自体を拒むことを少しでも減らす観点から、「一般市民は人工呼吸を省略してもいいので、胸骨圧迫を行ってください」という方法が生まれました。
つまり、人工呼吸をしなくて良い、と積極的に言い切られたことは1度もなく、人工呼吸を省略してもいい場合には前提条件が必要となります。
人工呼吸を省略してもいい前提条件とは
人工呼吸を省略してもいい前提条件とは
病院外で
大人であること
突然心停止で倒れた
の3点でなおかつ、その場に居合わせた一般市民が行うことが条件です。
大人の心停止は心臓が原因の心停止が多く、血液内にまだ酸素が残っているため、現場に居合わせた人が迅速に胸骨圧迫を行えば、数分間は脳や心臓に酸素を送ることができます。
そのため、目の前で倒れた場合に限って、人工呼吸は行わなくても胸骨圧迫だけである程度の時間は酸素供給が行えると言われています。
一方で、子どもの心停止は圧倒的に 呼吸が原因の心停止が多いので、人工呼吸で血中に酸素を取り込ませないと、いかに胸骨圧迫を行っても脳のダメージを防止できません。
そのため、蘇生ガイドラインでは、子どもの蘇生に関しては、人工呼吸は重要で欠かせないものと位置づけおり、感染防護等の準備ができ次第、ただちに人工呼吸を行うことを求めています。
人工呼吸が不要になったというわけではない
過去に、診療所で中耳炎の治療中に意識を失った小学5年の女児に対し、クリニックの看護師が人工呼吸を省略したことが小児心停止傷病者死亡の要因になったとして、当該クリニックに6000万円以上の賠償金支払いが命じられた事例がありました。
判例によると、対応した看護師は人工呼吸はしなくてもよいという教育を受けたという証言があったといいますが、勘違いしてはいけないポイントとして、上記に挙げた人工呼吸を省略してもいい前提条件に合っていないということです。
つまり、
子どもの蘇生であった点
診療中の出来事であり、医療従事者の対応であった点
この2点が人工呼吸をしなかったことが過失と判断されたポイントです。
子どもの蘇生に関しては上記で述べましたが、診療中の出来事であり、医療従事者の対応であった点に関しては、業務対応としての救命処置と、善意の救急蘇生は違うということです。
そして、業務対応としての救命処置に含まれるのは医療従事者だけではなく、人工呼吸を含む心肺蘇生を求められる市民がいます。
人工呼吸を含む心肺蘇生法を求められる市民
救急蘇生法の指針には医療従事者と市民という大枠で分けられていますが、さらに、一般市民と市民の中でも人工呼吸を含む心肺蘇生法を求められる市民と細分化されます。
人工呼吸を含む心肺蘇生法を求められる市民とは、職務上の責任で傷病者対応を行う立場である、公共交通機関のスタッフ、警備員やプール監視員、スポーツトレーナー、学校教職員、保育士など緊急事態に備える立場である人たちのことです。
また、子どもには人工呼吸が有効なことから、親など子供を世話する人たちも
人工呼吸を含む心肺蘇生の習得が望ましいとされています。
人工呼吸を求められる職種と救急蘇生法の指針
医療従事者以外の人工呼吸を含む心肺蘇生法を求められる市民にも職種や立場により求められている事項が違います。
次の表は救急蘇生法の指針2020に沿った要求事項をまとめたものです。
具体的な職種 | 要求事項 |
医師・看護師・救急救命士など | バッグバルブマスク換気を行える準備を行うこと。 |
プール監視員・ライフセーバーなど | 水難(溺水)も呼吸原性の可能性が高いのでポケットマスクによる人工呼吸を含めた心肺蘇生ができること。 |
警備員・公共交通機関職員・スポーツトレーナーなど | 心停止に遭遇する可能性が高いため、一歩踏み込んだ感染防護対策が必要なのでポケットマスクによる人工呼吸を含めた心肺蘇生ができること。 |
保育士、幼稚園教諭、学校教諭など | 小児は成人に比較し、心原性は少ない、呼吸原性が圧倒的に多いため、対応義務を負う教員は人工呼吸はポケットマスクによる人工呼吸を含めた心肺蘇生ができること。 |
親など世話をする人など | 小児は成人に比較し、心原性は少ない、呼吸原性が圧倒的に多く小児の心停止に備え、人工呼吸を含む心肺蘇生の習得が望ましい |
最後に
新型コロナウイルス感染症が流行している状況において、ますます人工呼吸は不要という流れになってしまいがちですが、人工呼吸を省略したら助けることができない命があります。
フェイスシールドがあるとはいっても、見ず知らずの人の口に自身の口を密着させる人工呼吸をしなければならないから心肺蘇生は行わないという事態を避けるために、一般市民においては人工呼吸の省略が可能という苦肉の策をとっているのにすぎません。
救急蘇生法の指針「市民用・解説編」には以下の記載がされています。
救急蘇生法の指針「市民用・解説編」
ライフセーバーなどの熟練救助者や心停止に遭遇する可能性が高い市民には、医療従事者と同様に人工呼吸を含む心肺蘇生を実施してもらうのが理想的です。
また、子どもに接する機会の多い職種(保育士、幼稚園・学校教諭)や養育者(親など世話をする人たち)についても、胸骨圧迫とともにできるだけ人工呼吸を含む心肺蘇生を習得することが望まれます。
あなたは、人工呼吸が不要な職業や立場ですか?
もし、そうでなければ人工呼吸を含んだ心肺蘇生法の習得をしましょう。
以下の記事では救急講習に関してご紹介していますが、その他の団体による講習会で取り扱っている各団体には、医療従事者や人工呼吸を含む心肺蘇生法を求められる市民が受講する講習の方が多いため参考にしてみてください。


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